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中性子散乱用超伝導マグネット


超伝導マグネットの動作テストをJ-PARC/MLF施設のHRC分光器において行いました。KEK、JAEA、CROSS、ISSPの多くの方々のご協力により、2014年8月5日、10Tの高磁場印加が達成されました。この磁場は、現在のところJ-PARC/MLFでは最高磁場タイ記録であり、非弾性分光器では単独最高磁場です。今冬の磁場中中性子実験に向けて、ラジアルコリメータの調整などの準備が進められています。
 
このマグネットの装置本来の上限磁場は14Tであり、高磁場下で現れる新しい状態や量子現象の観測を目的として、主にJRR3での使用を想定して導入されました。しかし、JRR3の再稼働が大幅に遅れているため、当面J-PARC/MLFのHRC分光器で使用することにしました。これにあたりいくつか問題がありました。その一つは、当該分光器周辺に、中性子遮蔽などのために鉄材が多く使用されていることでした。このような環境下での高磁場印加はマグネットクエンチを誘発するために、実際の印加可能磁場がどの程度か不明でした。もう一つの問題は、試料に近接した位置に磁気浮上原理を用いたフェルミチョッパーが存在していることでした。漏洩磁場によりチョッパーの誤作動の可能性が懸念され、時間分解による中性子実験が不可能となる恐れがありました。フェルミチョッパー以外にも、電磁バルブ、真空ゲージ、クライオポンプ等磁場の影響を受ける可能性のある装置が多く存在していました。このため、実際に印加可能な磁場を知るために、HRC分光器にマグネットを設置した状態で磁場試験を行いました。
 
試験に際して、フェルミチョッパーの磁場に対する影響を調べるため、チョッパーを300Hz運転させました。1T刻みで、フェルミチョッパーの位相分布を記録しました。フェルミチョッパーの位相分布は10Tまで大きな変化はなく、磁場下でも安定に動作することが確認されました。10Tまでの励磁過程で、8Tと9.5Tにおいてパーシステントモードへの移行が可能であることを確認しました。しかし、10Tでパーシステントモードに移行させると、パーシステントヒータをオフにして電流源の電流値がゼロになったしばらく後に、磁場の値が不安定になり9.8T程度まで減少し、それと同時に、マグネットに流れている電流値と同じ電流が電流源から供給される現象が確認されました。これは、マグネットで発生した小さなクエンチによる電流値減少をマグネットシステムが検知し、マグネットクエンチを防止したものであると解釈されました。これにより、HRC分光器において10Tを印加することは可能であるが、実験で安全に使用できる最高磁場は9.5Tであることが結論されました。
 
磁場を0Tに戻した後、逆方向に0.5Tの磁場を印加することにより、分光器周辺の鉄材の残留磁化を抑えることができました。しかし、完全に消磁することはできず、試料位置での空間磁場が約6ガウスであることが確認されました。マグネット周辺の電磁バルブ、真空ゲージ、クライオポンプは正常に動作することが確認されました。
以上まとめると、HRC分光器において、9.5Tまでの磁場中での中性子実験が可能であることが明らかになりました。10Tまでの磁場中実験も可能ですが、途中でマグネットがクエンチする危険性を認識した上で実験を行うことが必要であることも明らかとなりました。今回の試験では行いませんでしたが、本マグネットシステムでは、液体ヘリウム槽の減圧によりマグネット温度を2K以下に下げることが可能です。これにより、10Tより大きな磁場での安全な実験が行える可能性があります