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最近の研究成果よりnew informetion

結合したハニカム格子化合物Ni2InSbO6におけるスピン励起

益田研究室
修士2年 Liu Zheyuan

 中心対称性をもたない磁性絶縁体では、スピンを配列させるために2種類の相互作用が働きます。1つは交換エネルギーを介したハイゼンベルグ相互作用であり、スピンを平行または反平行に整列させるように作用します。もう1つはスピン軌道相互作用を介したDzyaloshinskii-Moriya (DM)相互作用であり、スピンを互いに垂直に整列させるように働きます。これら2つの相互作用の競合によって、ヘリカル磁気構造、スピンソリトン格子、磁気スキルミオンを含む非整合的なスピン構造が現れます。ヘリカル構造は特徴的な磁気電気応答を示すことが知られ、スピンソリトン格子と磁気スキルミオンは次世代スピントロニクスデバイスの基礎を担うとみなされています。
 最近、興味深いスピン構造を有する極性キラルコランダム物質Ni2InSbO6(図1)が注目を集めています。この物質は空間群R3に属する三方晶構造を持ち、複数のDM相互作用が存在する可能性があります。Ni2+(3d8)イオンはスピンの担い手であり、磁気モーメントS=1を持っています。ゼロ磁場下では、中性子回折によってTC= 76 K以下でproper-screw型のスピン構造が決定され、伝播ベクトルq= 0.029b*を持つことが確認されました[1]。また、バルク物性の探索により、カイラリティ由来のDM相互作用がスピン構造の起源であることが提唱されました。従来のヘリカル磁性体では、ハイゼンベルグ相互作用、DM相互作用、ゼーマンエネルギーの競合の結果として、スピンソリトン格子はスピン回転面内に磁場が印加された場合に生じます。一方、Ni2InSbO6では、極性のあるc軸に沿った互い違いの追加のDM相互作用D1およびD2を仮定することで、磁場がスピン回転面に垂直に印加された場合にソリトン格子が誘起されると提案されました。ゼロ磁場では、c軸に沿って隣接するNi2+イオン間に働く非等価なD1およびD2によって局所的な磁化成分Mが誘起されます。ab平面内のスピン成分がproper-screw構造により正弦波的に変調するため、磁化Mも正弦波的に変調されます。c軸に垂直な磁場が印加された場合、キャントした磁化Mはゼーマンエネルギーの利得によって縮小または増大し、スピンソリトン格子が形成されます。高磁場下では、ゼーマンエネルギーが支配的であり、キャントした反強磁性(CAF)構造が現れます。以前のラマン散乱の研究[3]では、D1及びD2に対応する最近接及び次近接のハイゼンベルグ相互作用J1, J2は等しいと仮定されました。Dは対応するJに比例するため、これは互い違いのDMベクトルを元にしたスピンソリトン格子のシナリオと矛盾しています。したがって、スピンハミルトニアンを決定する必要があります。
 そこで、今回我々はMLFのBL-12に設置されたHRCにおいて粉末試料Ni2InSbO6に対して非弾性中性子散乱(INS)を行いました。図2(a)に示されるように、10 Kでバンドエネルギー20 meVをもつ明瞭なスピン波励起が観測されました。線形スピン波理論(LSWT)[4]によってスペクトルを再現するために、以下に述べる第1から第4近接相互作用J1~J4を考慮した反強磁性ハイゼンベルグハミルトニアンのスピンモデルを2つ用いました(図1)。ラマン散乱の先行研究[3]に基づいてJ1=J2およびJ3=J4の制約があるモデルAと、結晶学的な非等価性に基づいて制約のないモデルBをそれぞれ用いて計算されたスペクトルを、それぞれ図2(b)および2(c)に示しています。図2(d)に示される2つのモデルの違いは、c軸に沿った方向のスピン波速度がモデルAでは速くモデルBでは遅いことが原因です。フィッティングの見積もりと組み合わせると、モデルBがより適切であるという結論が得られます。
 Ni2InSbO6のスピンモデルは、c軸に沿って積み重ねられた2次元ハニカム格子が結合したもので、面内相互作用J1=6.05 meVおよび面間相互作用J2=0.95 meVを持つことがわかりました。DM相互作用は、対応する交換相互作用に比例するため、J1及びJ2で結ばれたNiイオン間のDM相互作用の大きさも異なります。これは以前に提案されたシナリオと一致しています[1]。さらに、この研究で得られたハミルトニアンと以前に報告された伝播ベクトルによってヘリカル構造を誘起するDM相互作用の大きさを定量的に評価しました。また、c軸に平行に印加した場合の磁気相転移の臨界磁場を平均場理論によって見積もりましたが、これは磁化測定の結果と一致しました。

[1] S. A. Ivanov et al., Chem. Mater. 25, 935 (2013).
[2] Y. Araki et al., Phys. Rev. B 102, 054409 (2020).
[3] M. A. Prosnikov et al., Phys. Rev. B 100,144417 (2019).
[4] S. Toth et al., J. Phys. Condens. Mat. 27, 166002 (2015).





図1 Ni2InSbO6の結晶構造とNi2+スピン間に働く交換相互作用。




図2 (a) T = 10 KでのEi = 30.5 meVのINSスペクトル。(b), (c) モデルA(b)とモデルB(c)のそれぞれ最適なパラメーターを用いて計算された粉末平均INSスペクトル。Γ(003)からA(003/2)へのスピン波励起のモードは赤い点線で、Γ(101)からL(1/2 0 1/2)へのスピン波励起のモードは黄色の点線で示されている。 (d) 実験(黒色)、モデルA(オレンジ)、モデルB(青色)のINSスペクトルにおけるE=10.1 meVでのQ方向の1Dカット。縦のオレンジ(青)点線は、モデルA(B)におけるΓ(003)から立ち上がるスピン波励起の散乱強度の寄与が現れる最小と最大のQ点を示しています。黄色の実線は、Γ(101)から立ち上がるスピン波について同様のQ点を示しています。


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