大学院進学を考えている皆様へ
当研究室は新しい量子現象を発見することを目的として、固体の磁性を実験的に研究しています。研究には地道な努力が必要ですが、それ以上の醍醐味があります。たとえば、世界の誰も気づいていない新現象を見出した時に科学者は幸福感を覚えます。私の初経験は、M2の12月のことでした。とある磁性体の詳細な相図を作成していたときに、新しい量子相転移の存在に気づき、大変な感動を覚え、それが私の研究生活の原点になりました。また科学者は、自分の予想通りの実験結果が出たときや、実験結果をきれいに説明できた時に、大きな達成感を覚えます。これは、たとえば中性子実験を行い、物質の磁気構造を明らかにしたり、複雑な磁気励起を正しく説明したりすることで体験することが出来ます。当研究室では、このような研究の醍醐味を味わうことを一つの目標として研究を行っています。
新入生の研究テーマは、各自の希望に沿ったものとしています。最初は、先輩や研究員に実験技術などを教えてもらいながら研究を進めてもらいます。週1回研究経過報告会を行い、問題点の解決方法、今後の進め方などについて皆で議論します。修士2年生になってからは、できる限り自分で研究を進めてもらいます。日本物理学会や中性子科学会などで成果発表することを目標に、努力してもらいます。
研究のほかに、中性子施設の他の研究室と共同で、新入生歓迎会、夏のBBQ大会、春の追い出しコンパなどを行い、親睦を深めています。また、当研究室独自のイベントとしては、夏の富士山登山があります。
当研究室の主な研究テーマは以下の通りです。
1.スピン系の中性子散乱
究極的に小さい磁石は“スピン”と呼ばれていて、電子に付随しています。スピン同士は、あたかもマクロな磁石のように相互作用していて、その集合をスピン系と呼んでいます。マクロな固体中では1023~1024個ものスピンが互いに平行に並んでいたり、反平行に並んでいたり、或いは無秩序に運動していたりしています。スピンがどのような配列をしているか、また安定な配列が乱されるとどのような運動をするかは、スピン系のモデルに依存し、計算によりかなり正確に予想できます。当研究室では、様々な物質におけるスピンの集団的運動を予想し、中性子散乱と呼ばれる実験技法を用いて実際に観測することで、スピン系の深い理解を目指しています。試料には主に金属酸化物を用いています。中性子散乱実験は日本原子力研究所の研究用原子炉で行っています。重要な結果が出そうな場合には、米国、ドイツ、スイスなど海外にある研究施設での実験も厭いません。当研究室の目標は職人気質の結晶育成者と熟達した中性子散乱屋が揃って初めて可能となります。私たちとともに、深遠なるスピン系の世界に足を踏み入れてみませんか?
2.酸素超結晶の研究
身近な酸素分子が磁性を有することは古くから知られていました。気体の状態では分かりにくいですが、90Kくらいにして液体にすると、磁石に反応する様子を観察できます。最近、ナノスケールの細孔を有する金属錯体に、酸素分子を吸着させると、細孔内で分子が規則正しく配列し、酸素分子による超結晶が実現することが知られてきました。わたしたちは、酸素超結晶の磁気的な運動を明らかにするために、中性子散乱を用いた実験的研究を行っています。
3.新しい量子スピン物質の探索
スピン系の研究をするにあたり、スピンの幾何学的配置はきわめて重要です。スピンが直線的に並んでいる場合、平面的に並んでいる場合、3次元的に並んでいる場合、などケースバイケースでスピン系の性質は異なってきます。どのような性質を示すか、理論的には明らかにされているものの、厳密な実験的検証がなされたものは数少ないのが実情です。それは“理想的な”物質を探すことが容易ではないからです。そこで当研究室では、様々な幾何学的フレームワークを有するスピン物質を始めとして、面白そうな磁性を発現しそうな物質の探索をしています。試料の合成、評価、磁性の測定を行うことにより、理論的予想の実験的検証を目指しています。