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最近の研究成果よりnew informetion

ストライプ秩序をもつハニカム格子反強磁性体Ba2NiTeO6におけるスピンダイナミクス

益田研究室
浅井晋一郎

①研究背景
 蜂の巣状の格子にスピンを並べた構造をもつ磁性体はハニカム格子磁性体と呼ばれています。この磁性体において最近接のスピンの間に反強磁性的な磁気相互作用が働く場合はネール秩序と呼ばれる反強磁性秩序が安定ですが、一方で次近接、三次近接のスピンの間に磁気相互作用が存在する場合、それらの相互作用を完全に利得する磁気秩序が存在しない、いわゆる磁気フラストレーションのために様々な磁気秩序が基底状態として実現する可能性があります。本研究で対象としたBa2NiTeO6では、磁性を担うNi2+イオンは結晶のab面内に三角格子を形成しますが、その特徴的な積層構造から二枚の三角格子が1枚の凸凹したハニカム格子を形成するとみなすことができます(図1)。我々は粉末中性子散乱実験を行い、この物質においてストライプ秩序と呼ばれるネール秩序と明らかに異なる反強磁性磁気秩序を示すことを明らかにしました。このような状態が実現することはこの物質において強いフラストレーションが存在することを示唆します。さらに、三次近接までの磁気相互作用と磁気異方性を考慮したスピンハミルトニアンを用いて古典的な基底状態の磁気相図を計算し、ストライプ秩序が相図上に現れることを明らかにしました。しかし、実際にこの物質でこれらの磁気相互作用がどの程度の大きさをもつのかは実験的には明らかになっておらず、ストライプ秩序が実現する起源は未解明でした。

②研究内容
 我々はアメリカ、テネシー州のOak Ridge National Laboratory, Spallation Neutron Sourceに設置されたハイブリッド分光器HYSPECを利用して中性子非弾性散乱実験を行い、Ba2NiTeO6の磁気励起を観測し、この物質のスピンハミルトニアンの決定を行いました。粉末試料は大阪府立大学理学系研究科の細越研究室から提供されたものを用いました。図2にBa2NiTeO6の2 Kにおける中性子非弾性散乱プロファイルを示します。ℏω = 2.5, 5 meVのところに磁気励起が観測されていることが分かります。この磁気励起からスピンハミルトニアンを決定するため、三次近接までの磁気相互作用と容易軸型の磁気異方性を考慮したハミルトニアンを用いてスピン波励起を計算し、実験結果を再現するパラメータを探索しました。その結果、J1 = 0.8, J3 = 1.6, D = 1.1 meV、かつJ2がこれらのパラメータに対してとても小さい場合に最もよく実験結果を再現することが分かりました(図2右)。これはこの物質ではハニカム格子の間の磁気相互作用が小さく、よいハニカム格子磁性体のモデル物質であることを示しています。
 今回得られたパラメータを我々の先行研究で示した磁気相図に星印で書き込むと図3のように赤色で示された領域内にあり、確かに今回得られたパラメータによってストライプ秩序が基底状態として安定であることが分かります。また、平均場近似を用いてパラメータからワイス温度を見積もると101 Kとなり、実験的に見積もられた128 Kと比較的近い値をとります。これらの結果から、見積もられたパラメータの大きさはこれまでの実験結果と矛盾しておらず、磁気的な振る舞いをよく再現していることが分かります。Ba2NiTeO6におけるハニカム格子では、その凸凹した構造に由来して超交換相互作用を担うパスがこれまでに発見された平坦なハニカム格子磁性体と大きく異なり、次近接の磁気相互作用が強くなりやすいことが特徴です。実際、この物質はストライプ秩序を示す初めてのハニカム格子反強磁性体です。このような凸凹したハニカム格子をもつ反強磁性体の磁性研究はモデル物質があまりないために報告例が少なく、さらなるモデル物質の探索を進めることで新奇磁気相の発見が期待されます。

記載論文
Shinichiro Asai, Minoru Soda, Kazuhiro Kasatani, Toshio Ono, V. Ovidiu Garlea, Barry Winn, and Takatsugu Masuda, “Spin Dynamics in a Stripe-ordered Buckled Honeycomb Lattice Antiferromagnet Ba2NiTeO6”, Physical Review B 96, 104414 (2017).







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