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最近の研究成果よりnew informetion

フラストレート一次元鎖磁性体NaCuMoO4(OH)のスパイラル磁気秩序と磁場誘起スピン密度波

益田研究室
助教 浅井晋一郎

①研究背景
 磁性イオンの幾何学的な配置や磁気相互作用の競合によって全ての磁気相互作用を完全に利得する磁気秩序が存在しないことを、磁気フラストレーションがある状態とよびます。最近接、次近接相互作用がそれぞれ強磁性的、反強磁性的な一次元磁性体は、有名なフラストレーションを有するスピン系の1つです。図1に1次元スピン鎖の概略図を示します。図1(a)のように最近接の強磁性的な相互作用だけが働いている場合、全てのスピンは強磁性的に揃います (ただし、厳密に言うと異方性がない限り純粋な1次元系では長距離秩序は実現しません、これをマーミン=ワグナーの定理と言います)。また、図1(b)のように次近接の反強磁性的な相互作用だけが働いている場合、それぞれ独立した2本の反強磁性鎖が実現します。一方で、図1(c)のように最近接の強磁性的な相互作用と次近接の反強磁性的な相互作用が同時に存在し、それらの大きさが同程度である場合は隣り合うスピン同士は単純に平行、反平行になることができません。このような場合にスピンをベクトルとみなして一番安定な構造を計算すると、図1(c)に示すように隣のスピンに移るごとにスピンの向きが一定の角度で回転するspiral構造が安定になることがわかります。さらに、スピン量子数が1/2の場合には量子揺らぎの効果によって非自明な磁気状態が実現することが期待されます。この系では理論研究によって飽和磁場近傍の大きさの磁場を印加するとスピンネマティック秩序(※)などの通常の磁気秩序と異なる秩序変数をもった特異な磁気相が実現することが予想されています。一方、これまで発見されていた一次元フラストレート鎖のモデル物質では飽和磁場が大きい、もしくは大きな単結晶試料が得られないといった理由から実験的にこのような磁気相を調べる手段は限られてきました。近年発見されたモデル物質NaCuMoO4(OH)(図2(a))は飽和磁場が比較的小さく、また単結晶の合成報告があることから磁場誘起の磁気相を調べるのに適しています。これまで、磁化測定、比熱測定及び核磁気共鳴によって詳細な磁気相図の決定がなされてきましたが、磁気相の同定に重要な情報である磁気伝搬ベクトル(※)については調べられてはいませんでした。
      

②研究内容
 我々は茨城県東海村に設置された特殊環境微小単結晶中性子構造解析装置SENJU(J-PARC, MLF)を利用して中性子回折実験を行いました。図2(b)と2(c)に0.3 Kと2.0 Kにおける中性子散乱プロファイルをそれぞれ示します。図2(b)には青い矢印で示された部分に新しいブラッグ反射(磁気反射)が現れていることが分かります。本研究では合わせて3つの磁気反射を観測し、それらの解析からこの物質では磁気伝搬ベクトル(0, δ, 0)(δ = 0.481(1))をもつproper-screw構造と呼ばれるスパイラル磁気秩序が安定になることがわかりました。この磁気秩序は、最近接強磁性次近接反強磁性のフラストレート鎖の安定構造であることは古典的な計算で説明されます。
 続いて、超伝導マグネットを利用して磁場下での中性子実験を行い、磁気相の磁場印加による変化を調べました。図2(d)に磁気伝搬ベクトルに含まれる定数δの磁場依存性を示します。δの値は1 T以下では変化しませんが、2 T以上では磁場の増大に伴って減少することが分かりました。これは2 T以上で異なる磁気相へ相転移することを意味していて、先行研究の結果と一致します。また、このように磁気伝搬ベクトルが変化することは高磁場相として、スピンネマティック相関の発達に伴い束縛マグノン対形成が発生し、これに由来するスピン密度波秩序が実現していることを示唆します。図中の赤の点線はスピン密度波状態が実現していると仮定した場合に磁化曲線から計算されるδの値の磁場変化であり、2 T以上の実験結果をよく再現しています。磁気フラストレーションとスピンの量子性により、磁場下でスピンネマティック相関が発達する非自明な磁気状態が現れていることを実験的に検証することができました。今後はより大きな単結晶を合成してパルス磁場を用いた高磁場下中性子実験を行い、さらに高磁場での磁気相の変化について調べる予定です。

(※) スピンネマティック秩序:スピンは特定の1方向に配向しているが、磁気秩序は存在しない状態。
(※) 磁気伝搬ベクトル:磁気秩序の周期を逆格子空間で表したベクトル。




図1 (a) 最近接強磁性相互作用だけが働く場合、(b)次近接反強磁性相互作用だけが働く場合、(c)最近接相互作用と次近接相互作用が競合する場合の一次元鎖磁性体の概略図。




図2 (a) NaCuMoO4(OH)の結晶構造。Cuがスピン1/2を担っている。(b) 0.3 K及び(c) 2.0 Kにおける中性子散乱強度マップ。(d) 磁気伝搬ベクトル(0, δ, 0)に含まれる定数δの磁場依存性。


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