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最近の研究成果よりnew informetion

ハニカム格子NiTiO3におけるディラックマグノン

 トポロジーの概念は、トポロジカル絶縁体の発見以来、凝縮系物理において広く重要性が認識されてきました。これらの物質では、エッジや表面に質量を持たないディラックフェルミオンが存在し、量子ホール効果を生じます。近年では、こうしたエッジや表面でのスピン流を活用した高効率なスピントロニクス応用の可能性も注目されています。このトポロジーの考え方は、フェルミオン系だけでなくマグノン系にも拡張されており、代表的な現象として熱ホール効果があります。
 これまでに、さまざまな物質において中性子非弾性散乱(INS)実験を通じてトポロジカルマグノンの存在が確認されています。たとえば、層状ハニカム格子のCrI₃[1]、3次元強磁性体Mn₅Ge₃[2]などではK点でバルクのマグノン分散にギャップが生じ、理論計算からそのギャップ間にエッジ状態すなわちディラックマグノンの存在が示されています。また、3次元反強磁性体Cu₃TeO₆[3]やイルメナイトCoTiO3[4]ではバルクとエッジのマグノン分散がK点で線形交差しディラックコーンを形成することから、ディラックマグノンの存在が結論づけられています。このようにフェルミオン系で見られるトポロジカル構造がマグノン系においても次々と発見されつつあります。本研究ではCoTiO3と同じ結晶構造と磁気構造を有するNiTiO3[5]に着目しました(図1参照)。磁化率の測定からNiTiO3はハニカム層間方向の相互作用が強いことが示唆されており、これはハニカム層内の相互作用が強いCoTiO3とは対照的です。そこでNiTiO₃におけるスピンハミルトニアンを決定し、ディラックマグノンの存在の有無を検証するために、単結晶INS実験を行いました。
 実験はJRR-3に設置されたmultiplex分光器HODACAと、ORNL/HFIRに設置された三軸分光器CTAXを用いて行われました[6]。図2(a)にHODACAを用いて測定された(0, 0, l)方向のINSスペクトル示します。3.7 meVのバンドエネルギーを持つスピン波励起を観測しました。線形スピン波理論(LSWT)を用いた解析により、図1(a, b)に示した交換相互作用と容易面異方性を取り入れたモデルで図2(b)に示すように実験結果をよく再現しました。このモデルからハニカム層間の相互作用がハニカム面内の相互作用よりも強い3次元磁性体であることが分かりました。またab面内の相互作用について、CoTiO3では最近接のみで十分に記述されるのに対し、NiTiO3では3次近接まで含める必要があることも分かりました。次にCTAXを用いて測定された逆格子点Γ1-M-K-Γ2に沿ったINSスペクトルを図2(c)に示します。特にK点近傍に着目すると、装置のエネルギー分解能を厳密に考慮することで、K点では1つのガウシアン曲線で、K点近傍では2つのガウシアン曲線でフィッティングされました。また計算された分散関係は、図2(d)に示すようにK点近傍で2つのモードが直線的に交差しています。以上のことからNiTiO3についてもCoTiO3と同様にK点でディラックコーンが形成されることを確認しました。先行研究[4]からスピンハミルトニアンに異方性やさらに遠い交換相互作用による摂動が加わった場合でもディラックマグノンの安定性が保証されることが提案されていました。今回の研究から層間相互作用が大きく、ab面内に第2および第3近接相互作用まで導入された場合でもディラックマグノンが存在できることを明らかにしました。

[1] L. Chen, J.-H. Chung, B. Gao, T. Chen, M. B. Stone, A. I. Kolesnikov, Q. Huang, and P. Dai, Phys. Rev. X 8, 041028 (2018).
[2] M. dos Santos Dias, N. Biniskos, F. J. dos Santos, K. Schmalzl, J. Persson, F. Bourdarot, N. Marzari, S. Bluegel, T. Brückel, and S. Lounis, Nat. Commun. 14, 7321 (2023).
[3] W. Yao, C. Li, L. Wang, S. Xue, Y. Dan, K. Iida, K. Kamazawa, K. Li, C. Fang, and Y. Li, Nat. Phys. 14, 1011 (2018).
[4] B. Yuan, I. Khait, G.-J. Shu, F. C. Chou, M. B. Stone, J. P. Clancy, A. Paramekanti, and Y.-J. Kim, Phys. Rev. X 10, 011062 (2020).
[5] K. Dey, S. Sauerland, B. Ouladdiaf, K. Beauvois, H. Wadepohl, and R. Klingeler, Phys. Rev. B 103, 134438 (2021).
[6] H. Kikuchi, M. Ozeki, N. Kurita, S. Asai, T. J. Williams, T. Hong, and T. Masuda, J. Phys. Soc. Jpn. 94, 024703 (2025).




図1 (a, b) NiTiO3の結晶構造と磁気構造及びNi2+スピン間に働く交換相互作用。それぞれ(a) ab面内と(b) c軸方向を示している。(c, d) 本物質におけるブリュアンゾーン(BZ)。それぞれ(c) 2次元ハニカム面BZと(d) 3次元BZの模式図を示している。




図2 (a, b) (a)HODACAによって測定された(0, 0, l)方向のINSスペクトルと(b) 線形スピン波理論を用いて計算されたINSスペクトル。(c) CTAXを用いて逆格子点Γ1-M-K-Γ2に沿って測定されたINSスペクトルの疑似カラープロット。カラーバーは対数表示にしている。白線はLSWTを用いて計算された分散関係、黄点はスペクトルのガウシアンフィッティングによって得られたエネルギーピーク位置、エラーバーはガウシアンフィッティングの半値全幅(FWHM)に対応する。(d) K点近傍の計算された分散関係の拡大図。


H. KikuchiA, M. OzekiA, S. AsaiA, N. KuritaB, T. J. WilliamsC, Tao HongD, and T. MasudaA,E,F
AInstitute for Solid State Physics, University of Tokyo
BDepartment of Physics, Institute of Science Tokyo
CISIS Pulsed Neutron and Muon Source, STFC Rutherford Appleton Laboratory
DNeutron Scattering Science Division, Oak Ridge National Laboratory
EInstitute of Compounds Structure Science, High Energy Accelerator Research Organization
FTrans-scale Quantum Science Institute, The University of Tokyo


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