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最近の研究成果よりnew informetion

マルチフェロイック物質における
スピン・ネマティック相互作用の観測

 スピンと電気分極が同時に秩序化するマルチフェロイック物質(注1)は、電場によるスピンの直接コントロールが可能な新しいデバイス材料として注目を集めています。これまで多くの物質では、複雑な磁気構造におけるスピン相関と電気分極との関係に注目が集まってきましたが、分極間相互作用と磁気相互作用についての関係は明らかにされてきませんでした。その中でBa2CoGe2O7は、電気分極がスピン演算子の対称2次テンソル(いわゆるスピン・ネマティック演算子)というシンプルな形で表される珍しい物質として着目されていました。

 今回、東京大学物性研究所の益田研究室は、静岡大学、Paul Sherrer研究所、J-PARC/MLF、新潟大学と共同で、中性子磁気散乱(注2)と磁化測定を行うことにより、スピン・ネマティック相互作用の存在を、初めて観測することに成功しました。さらに、中性子磁気スペクトルの解析により、電気分極の誘電エネルギーを決定するという新しい試みが行われました。誘電エネルギーを与えるスピン・ネマティック相互作用定数は、電場によるスピンのコントロールのしやすさを表しているため、マルチフェロイックデバイスの性能示数であることが提案されました。

発表内容

@研究背景
磁性と誘電性が同時に秩序化する現象はマルチフェロイクスと呼ばれ、2003年にTbMnO3が発見されて以降、基礎と応用の両面から大きな注目を集めてきました。理論的には、ミクロな電子状態を、スピン・軌道相互作用と物質の対称性を取り入れて考慮することにより、スピンの構造と電気分極の構造の関係についてのモデルが提唱されてきました。実験面では、数多くのモデル物質で、複雑なスピン構造と電気分極の関係について研究がなされてきました。しかしながら、電気分極相関と磁気相関の間にどのような関係があるかについては明らかにされてきていませんでした。その中で、最近注目されている二次元反強磁性体Ba2CoGe2O7では、電気分極がスピン演算子の2階対称テンソル(いわゆるスピン・ネマティック演算子)で表され、磁性と誘電性の関係が非常にシンプルであることが特徴となっています。図1(a)に示されるように、S=3/2を担うCo2+イオンの周囲にO2-イオンが四面体配位しており、反転中心が存在せず、電気分極とスピン・ネマティック演算子は等価になります。点群D2dの対称性から、たとえば電気分極のZ成分はネマティック演算子OXY=SXSY+SYSXと等価となることが導かれます。したがって、電気分極相関をスピン・ネマティック相関と結びつけることができ、またこれらは全てスピン演算子により表すこともできますので、磁性と誘電性の両方を、簡単な形でスピン・ハミルトニアンにより記述することが可能になります。


A研究内容
 Co2+の磁気異方性の主要項は容易面型の単イオン異方性D(Sz)2で表されますが、容易面内の向きは決定されません。東京大学物性研究所の益田研究室を中心としたグループは、まず、結晶の対称性を考察し、面内の異方性を決める主要項は、OXYスピン・ネマティック相互作用項であることを見出しました。たとえば、図1(b)のようにOXY相関が反強的な場合には、磁気異方性は[100]方向となり、電気分極は反強誘電的となります。このことは、磁気異方性の測定はスピン・ネマティック相関の測定と等価であり、さらに異方性エネルギーの測定によりスピン・ネマティック相互作用定数と電気分極の誘電エネルギーの測定が可能になることを意味します。そこで次に、中性子非弾性散乱実験による磁気スペクトルの収集と、SQUID磁束計による磁化率曲線の測定を行いました。図1(a)の磁気スペクトルに示されるように、Q=(1,0,0)から反強磁性スピン波が立ち上がる様子が観測されます。Q=(1,0,0)近傍を拡大すると、図2(b)のように、0.1 meV程度の明瞭な異方性ギャップが観測されました。このスペクトルを、スピン・ネマティック相互作用を入れたスピン・ハミルトニアンで解析すると、白線のように実験結果がよく説明されました。このことから、Ba2CoGe2O7においてスピン・ネマティック相互作用が存在していることが明らかになりました。スピン・ネマティック相互作用定数の大きさは0.198meVと見積もられました。このエネルギーは、電気分極の静電エネルギーにもなっています。

 ab面内の様々な方向に磁場を印加した場合の磁化率が図3(a)に示されています。磁場印加方向が[110]及び[1-10]方向である場合に、スピンフロップ転移による磁化率の増大がH=3000 Oe近傍で観測されています。この4回対称な振る舞いは、磁気異方性項としてOXY 相互作用項を用いることにより説明されます。また[110]と[1-10]で転移が観測されたことから、相関は反強ネマティック的であることが導かれます。さらに、中性子スペクトルから得られた相互作用定数を用いて磁化曲線を計算すると、図3(b)のようになり、実験結果を再現することが分かります。以上のように、中性子散乱と磁化率測定を行うことにより、スピン・ネマティック相互作用が存在することが明らかにされ、ネマティックエネルギーと分極の静電エネルギーを見積もることが出来ました。


B社会的意義・今後の予定
 マルチフェロイック物質では、電場でスピンモーメントをコントロールできるため、新しいデバイス材料として期待されています。実用化のためには、小さな電場でのコントロールが必要であり、誘電エネルギーが小さいマルチフェロイック材料の探索が必要です。今回の研究により、磁性イオンの局所的な対称性に反転中心が無く、かつ結晶の対称性が高い物質では、電気分極がスピン・ネマティック演算子と等価であり、磁気異方性の主要項がスピン・ネマティック相互作用になることが明らかにされました。この場合、誘電エネルギーと磁気異方性エネルギーは等価ですので、小さな磁気異方性の物質では、小さい電場でスピンをコントロールできることを意味します。つまり、スピン・ネマティック相互作用を起源とする磁気異方性は、マルチフェロイックデバイス実用化のための性能示数となっていることが分かります。今後、Ba2CoGe2O7の電場によるスピンのコントロールの実験や、小さな磁気異方性を有するマルチフェロイック物質の探索などを行っていくことが重要と考えられます。




(注1)マルチフェロイック物質
 磁気秩序と電気分極が同時に現れる物質のこと。電場によるスピンのコントロールや磁場による分極のコントロールが可能なため新しいデバイス材料として期待されている。

(注2)中性子磁気散乱
 中性子の持つスピンを利用して、物質の磁気状態を探査する実験方法のこと。


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